2013年5月5日日曜日

ブラームスのドイツレクイエムを演奏

今日は、今シーズン最後のコンサートの本番でした。
演奏したのは、ヨハネス・ブラームス Johannes Brahmsドイツレクイエム Ein deutsches Requiem, Op.45 です。


4月23日の記事にも書きましたが、 「ドイツレクイエム」 は、去年の父の葬儀の時にバックに流した曲でした。

私にクラシック音楽の魅力を伝えてくれた父の、人生最後のリクエスト曲・・・
色々な思いが交錯し、家での練習中にも、リハーサル中にも、何度ウルウルしてしまったことか。

私たちの指揮者にとっても、この曲には特別な思い入れがあったのだそうです。
いつかこの曲を自分自身で指揮してみたかったというのが、指揮者になった理由のひとつだったのですって。
そして、今回初めて彼女の夢が実現したのです。


昨日のリハーサルの後、指揮者への感謝の気持ちを伝えるために話しかけました。

彼女も、この曲を指揮をしながら、感動で泣きそうになることがあるのですって。
みんなのことを心から信頼している、明日はきっと最高のコンサートになるわ♪とのうれしいお言葉でした!

時には厳しく、時にはジョークを交えながら、いつもすばらしい指揮をしてくださる Dr. Beverly Everett は、私たち団員と町のみんなの誇りです! とてもチャーミングでしょう?



ウィキペディアを参考に、 「ドイツレクイエム」 について・・・

ブラームスが35歳だった1868年に完成したドイツレクイエムは、全7曲で構成されています。
ブラームスを世に送り出した恩人であったシューマンが亡くなったのが、構想のきっかけだったそう。
(余談ですが、独身を通したブラームスが、シューマンの奥様クララを一生慕い続けたというのは、有名な話。)

レクイエムというと、通常はカトリック教会において死者の安息を神に願う典礼音楽のこと。
けれども、ブラームスドイツレクイエムは典礼音楽ではなく、演奏会用作品として作曲されたのが特徴です。

また、ブラームスはプロテスタントの信者でしたので、自分で聖書の中から選んだ歌詞も、カトリックのレクイエムとは少し違ったものになっています。


私たちのコンサートは、ソプラノとバリトンのプロのソリストと、大学&コミュニティの合唱団 chorale / choir と共に行われました。

バリトン:Edward Huls さん
ソプラノ:Jennifer Swanson さん

ソリストの歌声は会場いっぱいに朗々と響き渡り、聴き惚れてしまいました。
そして合唱団も、アマチュアとは思えないほどレベルが高くてびっくり!
大学生から結構年配の方まで、総勢60名位だったでしょうか。

リハーサルで初めて合わせた時、その歌声に私の涙線は思い切り刺激されてしまい、こらえるのが大変でした。
私の隣で弾いたパートナーも、やはり去年お母様を亡くしたばかりなので、全く同じ思いだったそう。

特に第1曲目、ヴァイオリンはずっと休みのため、じっと聴いていなければなりません。

低弦パートのみの、厳かで美しいメロディーから曲が始まります。
天使の歌声のようなコーラスが呼応し、それに木管楽器 (特にオーボエが印象的) のふくよかな音がからみ・・・これを聴いて全く心を動かされない人は、人間じゃない!?

生の歌声、生の演奏には、CDなどで聴くのとは全く別の感動があります。
みんなの息づかい、豊かな振動、手や体の動きや表情・・・そういったもの全てが音楽だから。


第1曲目だけ、歌詞の日本語訳を載せておきますね。

 祝福されたるは、悲しみを負う人、
 彼らは慰められるのですから。

  (マタイ福音書 5:4)


 涙をもって種を播く人は、
 喜びとともに刈り取るでしょう。
 彼らは大切な種を携えて出でゆき、涙を流し、
 やがては収穫の束を携えて、喜びとともに戻ってくるでしょう。

  (詩篇 126:5-6)

短調ではなく長調である第1曲目、聴いているだけで気持ちが清らかに浄化されるような・・・
亡くなった方、そして残された人々への慈愛に満ちた、天上の音楽のような曲です。


第2曲目からは、自分も演奏しながらでしたので、もう少し冷静でいられました。
でも、時々長い休みがあってコーラスの響きに浸っちゃうと・・・また危ない、危ない。
もしもの時のために、ハンカチを譜面台に置いておきました。 どうにか使わずにすんで、ほっ。

今日のコンサート、父もどこかで聴いていてくれたことと思います。
この世での務めを終え、今は神様のもとで安らかに過ごしているのだと思えることは、残された私たちにとって大きな慰めとなっています。


今回のコンサートはドイツレクイエムだけでしたので、休憩なしで7曲を通して演奏しました。
皆さん、お疲れ様~



おまけ 今日はこどもの日
       柏餅は手に入らないので、大福と抹茶入りクレープを作りました。
       そのクレープを柏の葉の形に切ったものを合体させたら、な~んちゃって柏餅

       作り方は、また今度・・・




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10 件のコメント :

  1. おはようございます。

    ご苦労様でした.天国のお父さんもきっと聴いていてくれましたね。
    また団員の方にも同じ思いを重ねる人がいた..偶然ではありませんね。きっとお父さんの計らいがあったのでは.。と思う私です。

    ブラームの恩人はシューマン,それでシューマンの妻クララを慕い続けたブラームス。知りませんでした。ブラームスと言えば,”ブラームスのララバイ”,これなら弾けます..笑

    柏餅..大福と葉っぱはクレープに抹茶で色付け..素晴らしい発想だわ。
    柏の葉っぱは手に入らないですね..写真で見る限りそっくりですよ♪

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    返信
    1. ねこちゃんさん、

      ちょっとナーバスになっていたコンサートが無事に終わり、
      ほっとしています。

      ララバイのように優しく温かい曲から、
      激しくて重厚な曲まで、どれにもブラームスらしさがあふれていて、
      大好きな作曲家のひとりです。
      秘めた恋・・・すばらしい芸術を生み出す一番の要素かも!?

      柏餅や桜餅、本物が食べたいけれど、
      この偽物もなかなかおいしかったですよ♪

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  2. おかべ なお2013年5月6日 22:54

    コンサートお疲れ様。柏餅素晴らしいです。頭が固い私には発想ができない・・
    私は後半の連休2泊のツアーで伊勢神宮・熊野速玉/熊野神社・那智大社・高野山へ行ってきました。神々に触れ合えて心が洗われたような穏やかな気持ちになりましたよ。音楽もそうですね。いまさらですが、仏壇に供える仕方やお数珠の使い方間違っていました!ギャ~恥ずかしい!
    しっかり勉強してきました (^.^)

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    1. なおさん、

      色々な聖地を訪れる、盛り沢山のツアーだったのですね!
      きっとご利益があることでしょう。

      若い頃は、お寺や神社には特に興味がなかったけれど、
      やはり日本人・・・年と共に、ありがたみがわかるようになってきました。
      行くだけで背筋がピンとして、清々しく謙虚な気持ちになりますね。

      お仏壇への供え方、お数珠の使い方、私もいまだによくわかりません。。。

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    2. おかべ なお2013年5月7日 22:14

      仏教ではないから関係ないでしょうが・・お茶やお水を供える場合については
      急須に入れてふたをせずに注ぐそうです。お水も同様。俗世の私達と同じでは失礼にあたるそうですよ。

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    3. なおさん、

      そうなのですか・・・ちっとも知りませんでした。
      宗派によっては、お水はお供えしないところもあるようですね。
      どちらにしても一番大切なのは、心を込めて手を合わせることなのでしょう。

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  3. 以前、モーツァルトのBiographyを読み、そしてアマデウスを見たとき、
    「『死』というものを自分の前に置き、死の足音を感じ、レクイエムを作曲するとき、そこには何が見えるんだろう…」と。いくつかのレクイエムしか聴いたことがありませんが、作曲家たちのそれぞれの鎮魂歌を聴くたびに、その先に見える「何か」をふとなぞってみたい気になります。

    ブラームスのレクイエムは今回始めて出会いました。
    初めのバイオリンの休止はたっぷりと長いんですね~。II.からバイオリンが始まる演奏に、いつもは主役級にあるはずの音色がいままでなかっただけに、バイオリンの美しい優雅な調べが華麗に際立って聴こえますね。^_^♪

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    1. chopiana さん、

      色々な作曲家のレクイエム、それぞれの深い想いをくみ取ることができ、
      シンフォニーなどとはまた違った味わいがありますね。

      モーツァルトやヴェルディのレクイエムには、
      「ディエス・イレ (怒りの日);最後の審判を意味する」 が登場します。
      ブラームスのは、第6曲目の中ほどにそれにあたる部分がありますが、
      恐ろしげな言葉は歌詞に出てこず、
      最後のラッパが鳴り響き、死者はよみがえって祝福されるといった
      慰めを与える内容になっています。

      ブラームスは、楽器の使い方も計算しつくしていますね!
      主にあって死ぬ者にとっては、死とは安らぎであり、慰めであり、
      救いであると歌われるドイツレクイエム、大好きな曲のひとつになりました。

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  4. 追伸です♪大変、勉強になりました。
    「怒りの日と安らぎと慰め…」こんな対象的な意がそれぞれのレクイエムで盛り込まれているのですね。
    納得しました。モーツァルトやヴェルディもあの叫びのような旋律が頭に印象的に残り、ブラームスは魂をいさめるかのごとく悲しみよりやさしさをもって死を結ぶ。そんな印象がより深くなったような気がします。
    再度レクイエムを聴くとき、聴き方が変わります。ありがとうございました!

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    返信
    1. chopiana さん、

      私もコンサートの前に、レクイエムのハシゴしちゃいました♪
      以前ブログの中で YouTube の動画をご紹介した
      フォーレのレクイエムにも、「怒りの日」 は出てきません。
      これも、安らぎと開放感を感じる大変美しいレクイエムです。
      機会がありましたら、じっくり聴いてみてくださいね。

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